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農と食を結ぶ情報誌「とさのうと」
vol.24
清流仁淀川が土佐湾にそそぐ河口付近。新居地区での温室メロン栽培は鎌田用水の恩恵を受けています。
仁淀川の清流と300年。
メロンの取材をするうち、実感された江戸時代の人物とのつながり。今回の場所は土佐市ですが、高知の中央部にある平野で農作物の取材をすると、たびたび、彼の名前が聞こえてきます。彼とは、土佐藩初期の家老、野中兼山(けんざん)。

兼山は土佐の各地で大規模な土木工事を行い、堰や用水を造って新田を開きました。他にも港を掘削したり、地場産業を奨励したり…ただ、あれもこれもと才気にまかせて一気に押し進めたため、不満がたまり、政敵に失脚させられます。

すごいのは、彼の死後も続いた水路工事が完了した1683年から、300年以上を経た今も、流域で農業に利用されているという事実。取材した近澤さんも、鎌田用水の水を栽培に使っていると話していました。兼山が仁淀川の水を周囲の土地へ引き、荒れ地を豊かな田園に変えたことは、よく知られています。仁淀川に残る八田堰の、やや上流にあったのが、鎌田堰でした。JRの鉄橋たもとに、かつての名残を示す石碑があります。

鎌田堰は、土佐市方面の鎌田井筋と呼ばれる網の目のような用水路につながっており、現在の鎌田取水口は、伊野の町よりも上流にある加田キャンプ場の対岸に移されています。訪ねてみると、仁淀川の水は澄み切って、上流から流れて河原を埋める五色の石が、数十年前の桂浜を思わせました。仁淀川に沿って土佐市の方へ下っていくと、天崎水車公園のそばを通ります。ここには鎌田堰や鎌田井筋・弘岡井筋などの解説板もあります。
いの町波川にある鎌田堰址の碑と、現在の鎌田取水口
土佐市高岡町の天崎水車公園